令和8年春のご挨拶
公益財団法人京都健康管理研究会 理事長 長井苑子
泉 孝英名誉理事長の3年祭(記念日)を迎えて、当財団の活動も順調に経過して活動開始から6年目を迎えます。若手の臨床研究、特に難病の臨床研究への研究助成、異文化体験も含めての海外留学、国際学会参加助成、臨床研究学会・研究会への助成、難病患者団体活動への助成、などを着実に進めてまいりました。京都の中での研究助成機関としての認識もネット上で確かなものとなってきました。留学や国際学会参加の報告記は、順調に、季刊誌「健康塾通信」に掲載できております。ぜひ、みなさんに読んでいただきたいと思っています。
泉先生の国際活動の記録も掲載継続しております。貴重な記録とその息遣いを、先人のエネルギーを時に触れて、新たな研究や臨床活動の何らかのトリガーとなることを願うものです。
当財団の第二の課題も、少子高齢化社会の中で、自然災害、気候変動、そして、昨今の世界情勢の中で、高齢者の健康寿命維持への啓発活動は、国にとっても、地域にとっても、家族にとっても、自分にとっても、重要な課題であることをより認識しなければならないと思います。厚生労働省の「未病」を維持し、健康寿命を維持し、適正な医療費、介護費のもとで、年金の充実をはかり、日本の社会福祉状況は、与える側も、うける側もより人間らしく、妥当に継続できることを切に願うものです。当財団も、臨床医の経験、意見なども「健康塾通信」に掲載し、啓発記事も増やしていこうと考えております。また、市井の中で健康に高齢の日々を送られている人たちの紹介もしていきたいと考えております。
第一の課題、第二の課題ともに、季刊誌「懸鼓塾通信」のバックナンバーからぜひ、拝読を期待しておりますとともに、寄稿、ご意見などもお待ちしています。さらに、年2回の健康講座での啓発活動の充実も図りたいと存じます。4月の健康講座は、高齢者のフレイル症候群予防のための講演を選択しましたが、従前に比べての参加希望者数の多さにおどろきつつも、この課題の充実をと新たに気持ちを引き締めております。
公益財団法人京都健康管理研究会発行季刊誌「健康塾通信」は、このサイト内の刊行事業ですべてのバックナンバーを供覧できます。
泉 孝英先生追悼
公益財団法人京都健康管理研究会 理事長 長井苑子
泉 孝英先生は、2023年3月23日未明に一年半の闘病生活を終え、例年になく早く咲いた桜満開の晴天の日に旅立たれました。骨髄異形成症候群で治療効果を上回る種々の副作用、コロナ下の入院生活での衰弱などに直面されましたが、ご自分の病気や状態から一度も目をそらすことなく医療や医学の現実を実感されてコメントされていました。
先生は、1936年1月20日にお生まれになり鉄道好きな少年として成長され、歴史研究への希望も強かったのですが、1954年京大医学部に入学され、60年に卒業されて大学院終了後医学博士、助手となられ、米国ロックフェラー大学(写真上)、スエーデンのカロリンスカ病院に留学されました。留学中に研究成果を論文として次々と発表され、かつ、ロックフェラーでは、身近にノーベル賞受賞者が多くいて刺激をうけたと話されていました。スウェーデンでは、1972年の7クローナの革命とよばれる医療の国営化を目の当たりにされ、強い影響を与えられたとのことでした。
出発点が結核アレルギーの研究で、肉芽腫性疾患としてサルコイドーシスへの関心が強く、カロリンスカ病院レフグレン先生の下での研究を志されました。32歳でサルコイドーシス外来を開始、37歳で「サルコイドーシスの臨床」を発刊されました。
ベリリウム金属による慢性ベリリウム肺による10名の患者の労災認定までやりとげ、慢性ベリリウム肺の研究では日本呼吸器学会の熊谷賞を受賞されています。
びまん性汎細気管支炎の疫学調査では、本間日臣先生の下、迅速で広範な調査を実施されました。サルコイドーシスのBHL症例にはステロイド治療は基本的に不要だと提案されましたし、特発性肺線維症の病態には基本的にステロイドは効果がないと提案されました。サルコイドーシスの臨床では、患者の10年以上の長期経過を評価して、1000例近い蓄積の中から、5年間で改善する場合と、病変が5年以降残存する場合を慢性化と判断するという極めて基本的な成績は、欧米でのサルコイドーシスの病型評価の基礎となりました。
1980年代半ばころより、毎年、欧米の学会参加発表と呼吸器領域の医師、研究者を訪問されました。そして「京都シンポジウム」(写真上)(サルコイドーシス、間質性肺炎、COPDなど呼吸器系の難病の臨床画像病理症例検討会)を立ち上げ、年2回10年にわたり開催され、欧米の若手先生方を招待され、日本の若手の医師たちの勉強場として、「間質性肺疾患のメッカ」と呼ばれました。招待医師たちは後に欧米のリーダーシップをとる人材となられています。国内参加者からも多くのリーダーが育っております。
欧米でも、それらの症例の蓄積にもとづく発表と交流(米国、欧州の学会の各種委員歴任)により、1998年に米国胸部学会会長賞を受賞し、Who’s Whoにもとりあげられました。さらに、この多忙な期間に、国際的には標準治療であった喘息の吸入療法を日本にきちんと導入されたり、慢性閉塞性肺疾患の疾患概念を喫煙によるものとして整理しなおすことなど大きな貢献をされています。日本では先を読みすぎてか、いつも叱られてばかりだと話されていました。
さらに、京大病院と胸部疾患研究所の統合の責任者としても責務を全うされ、統合後、京都大学病院呼吸器内科教授となられ、1999年退官の時には、京都大学名誉教授として胸部研の庭に百日紅が植樹されました。今でも、泉先生を象徴するかのように夏には深紅の花が咲き誇ります。
定年退官後は、財団法人京都健康管理研究会中央診療所所長、理事長として、街なかの外来の充実、種々の啓発活動(患者交流会、新聞発行、所内研修会)を展開されました。普通の病気の診断治療ガイドラインを20年以上にわたり発行されました。さらには、令和2年10月からは、公益財団法人京都健康管理研究会を研究助成機関として、若手の留学、国際学会発表、研究、出版の助成を始められました。これは、先生の夢の実現でした。同時に、健康講座、健康塾通信発行を通じての健康管理啓発活動にも熱意をそそがれてきました。
加えて、歴史への強い関心は、詳細な一次資料調査にもとづいた数冊の書籍の発行に結実しています。「先人の業績にもとづいて今日の我々がある」との認識のもとに、3762人の故人(医師、研究者、看護師など)を詳細に調べ上げて、2012年に医学人名事典を医学書院より発刊され、日本医史学会より矢数学術賞を授与されました。さらに900名余を追加され2021年に「続・人名事典」を刊行されました。すべて単独で書き上げられましたことも特筆すべきことであります。発病後も、満州開拓医師の記録を完成され出版されました。病の進行する中でも独逸留学医師の記録の執筆途中であったことから考えても、先生を亡くした今、我々は巨星墜つという言葉通りの心境です。先生の一面の厳格さでのお叱りの記憶も、面倒見の良さも、多くの人の記憶に残るものではないかと思います。先生の多方面にわたる功績、コメントを記憶にしっかりと留めおき、先生のご遺志を継続して実現させることが「先生の復活」であると考えております。
〈 泉 孝英記念助成の目的 〉
本財団が目指す難治性疾患の調査・研究を行う京都府内の大学等の研究機関や臨床研究に携わる医療機関を対象に、公益に資する研究の発展の一助となるよう助成する。また、上記目的を達するための研究に携わる医学研究者・臨床医師・研修医・大学院生等の人材の育成を推進すべく、志す研究やそのための情報収集活動等の資金の一部を助成する。さらに、これらの研究や広く医学・医療についての啓発・普及活動に積極的に協賛する。広く研究に資する人材を求め、その若手研究者のための奨学制度や育成助成制度を設ける。



